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ごうせつ

昨日の話。
合同説明会に参加。ビッグサイトに行くのが初めてということもあり少しワクワクした。
国際展示場駅を出て同じ髪型、スーツ、コートの集団と交わる。会場に入りコートを脱ぐとスーツが黒じゃ無い私は浮いていた。周りからすごく見られた。まじかお前みたいな顔で2度見された。ちょっと勝った気分になる。

実際にはそんなもので優劣は決まらない。でも確実に私はあの黒い集団より「魅せる」ための努力はしていると自負することにした。

ビッグサイト内には中小企業から大手まで様々な企業のブースがある。お目当の企業の説明を聞いた後は会場をひたすら歩いた。いまいち興味を持てない。何様なんだという話だが、どの企業に対しても働いてやってもいいかなとは思える。でも、働きたいと思うことができない。

一つのものだけを追いかけて来た。多分あと半年はこれを追いかけ続けるのだろう。選考はきつい。でも、なんか楽しい。子供の頃から憧れてきた職業への挑戦権をやっと手に入れたのだ。小さい頃からの執念にやっと決着をつける時が来たのだ。

だからやりたいことやってるんです。これから先、もしかしたら過去の自分を憎むかもしれないけれど今は楽しいと思えてる。

よし、頑張ります。

今度、話聞くね

辛いことがあったと報告すると「今度、話聞くね」と返ってくることが多々ある。報告しただけなのにな、と。思い出したくもないことをまた話さなきゃならないのかと感じる。報告したんだから話聞いて欲しいと思われても当たり前だし自分が悪いのだけど、もし話聞いて欲しいなら電話するし、報告じゃなくて聞いてーって言うのにな。

こういう時の「話聞くね」って誰のための言葉なんだろう。皮肉な私は考える。

励ましの言葉って難しい。「泣いてもいいんだよ」だと、泣いて解決するくらいならお前に言われなくても泣いてるよと思わないかなと考えちゃうし。「よしよし」とか文字で送ったら、こいつ語彙力ゼロかよ、話さなきゃ良かったなと感じるかもしれない。「次があるさ」なんて言って、その人には次が無かったらどうしたらいいんだろう。

こんなことを考えているから、私は辛いことがあったと報告された時、なんて言ったらいいかが分からない。何を言ってもしっくり来ない気がしてしまう。報告してくれた人に失望されるのが怖い。言わなきゃ良かったと思われたくない。そして、その人が自分の言葉で傷付くのはもっと怖い。傷付いた人に追い討ちをかけてしまいたくない。

相談の時はいい。相手に話す意思があるのが分かるし、まずは適当なリアクションをしながら話をじっくり引き出す。そうして相手の欲しい言葉を見つけて最善の回答をすることができる。でも、LINEで「この企業だめでした」とか「振られました」って来た時はなんで返すのが正解なのだろうか。可愛いスタンプの一つでも送ればいいのかな。ウサギが涙で水たまり作ってるやつとか?正解が分からないから返事に時間がかかる。

報告されるのが嫌なわけではない。むしろ心の内側を見せてくれたようで嬉しい。でも私の口からは息を吐くように素敵な言葉が飛び出しては来ないから、毎回すごく考える。いっそ電話したり、話聞いて欲しいと言ってくれたらいいのにな。

それで困った挙句「今度話聞くね」と返す。これだけ文句書いたくせに自分も言ってるんじゃんってね。言ってます。使ってます。だってぶっちゃけ詳細気になりますし。話してもらったらスッキリさせられる自信も少なからずあるし。だから、「今度話聞くね」というのは私のエゴなのだ。相手のためを思いやっているように見せかけながら実は自分を守るための言葉なのだと思う。

自分そんな風にこの言葉を使っているから、人に「話聞くね」と声をかけてもらった時に押し付けがましいなあとか、好奇心で聞かないでくれとか、そうじゃあないんだよねと感じてしまうのだろう。自分のせいだったのね。

エントリーシート

暗い世界の住民だもん。

 

キャリアの授業の先生にエントリーシートを見てもらった。私の睡眠時間を削って気持ちを沢山込めて書いたつもりだったES。

もう出しちゃったんだよね?と言われた。あーこれダメなやつだったんだなあ。と苦笑する。出しちゃいました。でもこれと近い形式でこれから沢山書くと思うのでアドバイス頂きたいです。

先生が私の書いた字を撫でる。まずね、書き方ね。文章の最後になるにつれて文字が小さくなってっちゃってるでしょ。あと、枠からはみ出しそうになってる部分もあるよね。これって企業の人には計画性のない子だなあと思われちゃうのよね。あと、時間掛けて書いて無いなって。

はい。

あとさ、ここ、テレビに目の前の暗い世界を変えてもらいましたって一文。これだけ見るとあ、この子暗い世界の住民なんだって思われてしまうよ。

はい。

写真は良いと思う。この企業にウケそう。あーあとここのフリースペース。体言止め使ってるでしょ。この名詞で文章が一旦区切れる。文章が区切れるということは読む側のリズムがそこで止まる。リズムが止まるともう読まなくていいかってなる可能性がある。体言止めってカッコ良くはなるけれど使うのすごく難しいんだよね。

はい。

 

つまりだ。このESは計画性が無くて根暗で格好付けたい子が書いたと思われてしまうらしい。…それって私そのものじゃん。私らしさが出てるじゃんって思った。

 

就活をする上でよく言われることがある。
「着飾ってはいけない。素の自分を見てもらいなさい」面接官はどうせお見通しなんだからって。じゃあ素の自分がダメな場合はどうしたら良いのだろうか。私は20年間で固め上げてきたこの性格をそんな簡単に変えられる気がしない。結局着飾らなきゃいけないじゃん。キラキラしていて真面目明るく察しの良いへこたれない学生を演じなきゃいけないんでしょ。どう頑張っても根は暗い世界の住民なのに。

 

はい。
そうです。全て言い訳です。先生の言う通り手を抜きました。基礎的なことしか指摘してもらえなかった自分が恥ずかしかっただけです。馬鹿なこと言ってないできちんと時間掛けてES書きます。

求める

西野カナの「トリセツ」という歌がある。永久保証の私だからってやつだ。あの歌を聴いて男友達が言った。「流石にこんなわがままな女は無理。」

 

私は「トリセツ」の歌詞のような女だ。突然機嫌が悪くなって理由はあなたが考えてとか言っちゃうし、たまには旅行にも連れてって欲しいし手紙が一番嬉しい。目移りしそうになったら2人が初めて出会った時のこと思い出して欲しい、別れたく無いもの。散々ネットで叩かれたこの歌詞は女の子の正体を明かしたに過ぎないと思う。女なんてこんなもんなのだ。みんな記念日にはお洒落なディナー行きたいって思ったことくらいあるでしょ。広い心と深い愛で全部受け止めて欲しい日だってあるよね。

 

記念日のデートだってプレゼントだってちゃんと考えて欲しい。別に大した事をしなくてもいい。私のことを考えている時間を作ってくれることが重要なの。その代わりと言っちゃなんだけど私はバレンタインも誕生日も記念日も張り切っちゃうよ。何でもない日のデートだって支度に普段の倍の時間を掛けてお洒落して会いに行くよ。あなたのために使う時間を惜しいと思った事はない。


突然機嫌が悪くなっても、はいはい可愛い可愛いで受け止めて欲しい。私、他の人の前だと考え過ぎちゃってわがままになれないの。あなたの前でしかこんなに感情剥き出しに出来ないし、あなたにしか求めることが出来ない。そんな彼女、可愛くはないかな。その代わりと言っちゃなんだけど私はあなたの悪いところ全部可愛いと思える自信があるよ。本当に良くない部分はきっと注意しちゃうけど個性の範疇なら全部受け止めて愛せるから愛して。

 

きっとこれは求め過ぎなのだろう。でも優しく馴れ合うのは友達とでじゅうぶんだ。恋人になら求めたい。求められたい。少し疲れながらも感情も反応も時間も労力も求め合って、認め合ってお互いの弱さを愛していきたい。

 

「トリセツ」の話をしたあの彼に告白された。私は彼とは付き合えない。元彼を引きずっているのも起因しているが本当の理由はそこじゃない。付き合ってしまえば私は彼に求めてしまから。彼が好きになった女の子ではいられないから。私の正体は、妖怪「不安定甘えん坊察して構ってちゃん」なのだ。あざとくて相手が欲しい言葉をかけられる自分は恋人を前にするとどこかへ行ってしまう。彼の前で妖怪の姿になるのが怖い。求めたくないのだ。求めて否定されるくらいならこのまま馴れ合っていたい。彼の「受け止めるよ」に信用できない自分がいる。

心底性格の悪い女だと自己嫌悪に陥りながら彼に返事をする。トリセツな女は無理だと言っていたでしょう?

プロフィール

プロフィールを変更しました。

 

フェイスブックで流れてきた小学校の同級生の写真。1限レフで撮られたらしい外向けの笑顔。素敵な写真ねなんて思いながらも内心どうでも良くて、社交辞令のいいねをしてスクロールした。そんなものなのだ。他人のプロフィール写真なんて大して興味無い。それでも私は今日も必死でプロフィール写真を求めている。

 

お祭りの夜カメラを持って微笑み、大切な人に向けて好きだと幸せだと発信している女の子。それがフェイスブックを通して他人が見た私の姿。この子は私であって私じゃない。でも吹っ切っているつもりで忘れられていないから私はこの写真を変えられない。彼氏に向かって無邪気に笑う彼女はもういないのに。

 

別れて2週間が経った。事あるごとに思い出して泣くことが減った。エスカレーターと言ったら元彼、コンビニのプリンと言ったら元彼。何かにつけて元彼を連想する「マジカルバナナ」ならぬ「マジカル元彼」状態を少しだけど脱却した。それでもたまに一緒に過ごした時間を思い出す。

「この中ならどれが好き?」

iPhoneで4枚の写真を見せながらあなたが問う。

「私はこのこっち見て笑ってる写真が好きかな。可愛いし」

「じゃあこれにする。あと可愛いなんてお前以外誰も言わないよ」

「可愛いの!そしてその可愛さに気付けるのは私だけでいいのです。あ、写真プロフィールのだったのね。いいねしまーす。」

少し照れながら、あなたは私の頭を撫でる。

幸せだったなあ。もう出来無いであろう、たわいもない会話を反芻する。…辛い。ああもう何も考えたくない寝ちゃおう。次に目覚めたら外が暗くなっていた。4度寝を決め込み睡眠時間は16時間。怖すぎる。 そんな生産性のない1日の終わり、ライン、TwitterInstagramSNSを巡回していき最後にフェイスブックを開いた。TLをスクロールする指が止まった。

 

元彼さんが プロフィールを変更しました。

 

大切だったあの人の写真が変わった。会社の寮で同僚と嬉しそうに話している写真。不意に撮られたのかな、表情が自然だ。そっかそっかそうなんだ。いや、良い写真だと思う。画質もいいし可愛い、し。でも私はいいねなんて押さない。押せないよ。私の選んだあなたはもう居ないんだね。

 

賢い私は知っている。人は他人のプロフィールを気にしてなんかいない。それでも私は探している。盛れてる写真を、会いたくなるくらいに可愛い自分の写真を。それがあなたに見せた事の無いくらいのとびきりの笑顔だったらもっといい。私のプロフィールを見て、実感すればいい。自分に向かって微笑む彼女はもう居ないことを。手放してしまったと後悔してよ。いいねを押せない気持ちを味わえばいい。