今度、話聞くね

辛いことがあったと報告すると「今度、話聞くね」と返ってくることが多々ある。報告しただけなのにな、と。思い出したくもないことをまた話さなきゃならないのかと感じる。報告したんだから話聞いて欲しいと思われても当たり前だし自分が悪いのだけど、もし話聞いて欲しいなら電話するし、報告じゃなくて聞いてーって言うのにな。

こういう時の「話聞くね」って誰のための言葉なんだろう。皮肉な私は考える。

励ましの言葉って難しい。「泣いてもいいんだよ」だと、泣いて解決するくらいならお前に言われなくても泣いてるよと思わないかなと考えちゃうし。「よしよし」とか文字で送ったら、こいつ語彙力ゼロかよ、話さなきゃ良かったなと感じるかもしれない。「次があるさ」なんて言って、その人には次が無かったらどうしたらいいんだろう。

こんなことを考えているから、私は辛いことがあったと報告された時、なんて言ったらいいかが分からない。何を言ってもしっくり来ない気がしてしまう。報告してくれた人に失望されるのが怖い。言わなきゃ良かったと思われたくない。そして、その人が自分の言葉で傷付くのはもっと怖い。傷付いた人に追い討ちをかけてしまいたくない。

相談の時はいい。相手に話す意思があるのが分かるし、まずは適当なリアクションをしながら話をじっくり引き出す。そうして相手の欲しい言葉を見つけて最善の回答をすることができる。でも、LINEで「この企業だめでした」とか「振られました」って来た時はなんで返すのが正解なのだろうか。可愛いスタンプの一つでも送ればいいのかな。ウサギが涙で水たまり作ってるやつとか?正解が分からないから返事に時間がかかる。

報告されるのが嫌なわけではない。むしろ心の内側を見せてくれたようで嬉しい。でも私の口からは息を吐くように素敵な言葉が飛び出しては来ないから、毎回すごく考える。いっそ電話したり、話聞いて欲しいと言ってくれたらいいのにな。

それで困った挙句「今度話聞くね」と返す。これだけ文句書いたくせに自分も言ってるんじゃんってね。言ってます。使ってます。だってぶっちゃけ詳細気になりますし。話してもらったらスッキリさせられる自信も少なからずあるし。だから、「今度話聞くね」というのは私のエゴなのだ。相手のためを思いやっているように見せかけながら実は自分を守るための言葉なのだと思う。

自分そんな風にこの言葉を使っているから、人に「話聞くね」と声をかけてもらった時に押し付けがましいなあとか、好奇心で聞かないでくれとか、そうじゃあないんだよねと感じてしまうのだろう。自分のせいだったのね。